長谷寺の門前町、御土産屋さんがたくさん並ぶ通りに沿ってやや南側に"法起院"という小さな御堂があります。
実はここは、西国三十三所巡礼の開祖、徳道上人が晩年を過ごし、御廟所となっている御堂です。
徳道上人は大和の長谷寺、鎌倉の長谷寺をはじめ、諸国に四十九ヶ所の寺院を建立しました。
そして大和の長谷寺は本尊の大観音を造立し、豊山派の総本山としたのです。
そんな徳道上人ですが、西国三十三所巡礼を広めることにした経緯について、このようなエピソードがあります。
その時、夢の中で閻魔大王に会い、
「お前はまだここに来てはならん!悩める人々を救うために三十三ヶ所の観音霊場を広めなさい!」
と、三十三の宝印を与えられ、蘇ったのです。
それで三十三ヶ所の霊場を設け、巡礼を広めようとしたのですが、世の人々は徳道上人の言うことを信用しませんでした。
上人は、
「時代がまだ早かったのだ」
と、時が来るまで宝印を眠らせておくことにし、第二十四番札所の中山寺に宝印を埋めたのです。
その270年後の永延二年(988年)、花山法皇がこの宝印を彫り出し、三十三所巡礼を復興しました。
それが現在の三十三所巡礼です。
そのようなエピソードがあって、徳道上人は西国三十三所巡礼の始祖であり、花山法皇は中興の祖となっています。
法起院は小さな御堂ですが、徳道上人の御廟所ということもあり、西国三十三所巡礼の番外札所にも指定されています。
境内散策
中に入るとすぐに御堂があります。
御本尊は徳道上人自作とされている上人尊像です。
そして徳道上人の御詠歌が掲げられています。
「ごくらくは よそにはあらじ わがこころ おなじはちすの へだてやはある」
と書かれています。
「極楽は遠くにあるものではありません。あなたの心の中に求めなさい。この世に咲く蓮の花と、あの世の蓮の花とはともに同じ蓮の花です。消して違うものではありません。」
という意味です。
深い言葉ですね^^
境内にはその他、徳道上人御霊廟の「十三重石塔」や、「上人沓脱ぎの石」があります。
上人沓脱ぎの石は、上人が晩年、法起院の松の木の上から法起菩薩と化されて去った時、その松の木に登られるために足場にした石と言われています。
この石に触れると願い事が叶うと伝えられているそうですよ^^
御朱印
法起院で頂いた、西国三十三所番外札所の御朱印です。
そしてこちらは先ほど紹介した徳道上人の御詠歌です。
西国三十三所巡礼では、御朱印を受けるといつも消しゴムくらいの大きさの散華を頂くのですが、法起院には御朱印と一緒に頂ける散華はありません。
その代わり、12~13cmくらいのビッグサイズの散華が100円で販売されています。
その散華には徳道上人が閻魔大王から宝印を頂く絵が描かれています^^