琵琶湖の東側に湖東三山と呼ばれる名刹3寺があります。
そのうちの1つ、滋賀県犬上郡甲良町にある西明寺は、天台宗の寺院で、比叡山の祈願寺、修行寺だった山寺です。
最盛期には、諸堂が17もある大寺院となっていて、そこには2500人ほど修行僧がいて、その宿坊は300坊ほどあったそうです。
御本尊は、住職一代につき1度だけ御開帳が許される秘仏、薬師如来。
そのご開帳は2006年に行われたのですが、特別めでたいことがあるときは中開帳という形で開帳されるのだとか。
そして2014年、中開帳が行われました。
名神高速道路の湖東三山ICがオープンしたことから湖東三山にアクセスしやすくなったので、それを記念して「湖東三山IC開設 交通安全祈願」という形での御開帳です。
8年ぶりとなる御開帳ですが、それに合わせて参拝することができました♪
8年でも結構長いので、貴重な参拝でした^^
瑠璃光を放つ霊験あらたかな薬師如来
「西明寺」というお寺の名前の由来にもなっているご本尊です。
縁起ではこのように言い伝えられています。
西明寺は承和元年(834年)、三修上人という高僧が琵琶湖の西岸を歩いていると、琵琶湖の東方にまぶしい光を見つけました。
その光をたどってみると、そこには池があり、祈念してみると、薬師如来が現れたのです。
それに続いて、日光、月光菩薩、十二神将が現れました。
その話を時の天皇、仁明天皇にお話しすると、仁明天皇はこの地に勅願寺として、お寺を造るように命じられたのです。
その際、西の方にある宮中(京都)を明るく照らしてくれたので、「西明寺」と名付けられました。
薬師如来の浄土は瑠璃光浄土といって、東の方向にあるとされています。
西明寺は京の都からみて東の方にあります。
なのでここが瑠璃光浄土と見立てられたのかもしれませんね^^
秘仏の本尊は、平安時代の一木造りの尊像。
お堂内は暗かったのですが、ご本尊様だけ明るく照らされているのか、輝いて見えました。
まるで縁起を彷彿させるようなお姿でした^^
本堂内は撮影禁止なので、残念ながら写真で紹介できませんが、下は御開帳期間だけ御朱印とセットになっていた御影です。
輝いているように表現されています。
自分の干支の神将さんを見つけよう
西明寺は別名、干支のお寺とも呼ばれています。
干支を司る立派な十二神将さんが揃っているんですね。
十二神将は、自分と同じ干支の人の願いだけをお薬師さんに伝えてくれるそうです。
自分のとは違う干支の神将さんにお願いをしても、聞いてくれないんですね^^;
西明寺の方によると、お薬師さんへのお願いは、宝くじ、ギャンブルのお願いは無理ですが、病気にならない、事故にならないように、長生きできるように、勉強、スポーツ、就職などは何でも聞いてくれるそうです^^
なので、まずは自分の干支を見つける必要がありますね。
十二神将がどの干支を司るのかはお寺によって違う場合があるのですが、西明寺では、
宮毘羅 大将:子伐折羅 大将:丑迷企羅 大将:寅安底羅 大将:卯頞儞羅 大将:辰珊底羅 大将:巳
となっています。
とはいえ、名前は覚えにくいですし、見た目で判断するのも難しいです^^;
そこで唯一、判断しやすいのが十二神将の頭。
それぞれの干支が乗っているんです^^
昔、一般庶民は読み書きできなかったため、自分のお願いを聞いて下さる神将さんがどれか、見てわかるように、干支を頭に乗せるようになったのだとか。
本堂は暗くて、内陣には入れないようになっているので見えにくい干支もありますが、まずは自分の願いをお薬師さんに伝えてくれる神将さんを見つけましょう。
そして、そちらに向かって願いを届けましょう^^
境内散策
西明寺は、湖東三山の中でも一番本堂までの距離が短くて、参拝しやすいお寺です。
本来なら山の麓に惣門があって、そこが本来の入口なのですが、車で行く場合は駐車場が山の中腹にあるので、本堂までの距離が一番近くてラクなんです^^
(ただしツアーバスで訪れる場合は、惣門近くにしか駐車場がないので惣門から登る必要があるようです。)
受付の横に階段の参道があるのですが、ちょっと登ったところにもう二天門が見えます。
そこを登りきるともう本堂にたどり着けます。
参道の階段横には、樹齢約1,000年の大きな夫婦杉。
寄りそう杉の後ろに向かって生えているのは、子供杉です。
木の下では良縁、夫婦和合、子授け、安産の祈願ができます。
そしてこちらが二天門。
このように、わらじが掛けられている二天門は、金剛輪寺や百済寺(百済寺は仁王門)でも見られますが、西明寺は持国天、増長天が格子で囲われていないので、見やすくて良いですね^^
西明寺は戦国時代、織田信長の焼き打ちにあいましたが、当時の僧侶が機転を利かせ、二天門の下にある諸堂に火をつけることで全焼したように装ったため、この二天門とその上の本堂、三重塔は兵火から逃れることができました。
この持国天、増長天は当時、塔堂が燃え広がる様子を見ていたんでしょうね。
こちらが鎌倉時代を代表する純和風の本堂(国宝)。
本堂内陣には、先ほども紹介したご本尊の薬師如来、そして脇侍として、昼と夜を守る日光・月光菩薩、干支を司る十二神将、四方を守る四天王がいらっしゃいます。
薬師如来の眷属がもれなく勢揃いしているわけですね。
本堂はぐるっと回ることができて、後陣には清涼寺式の釈迦如来像、役行者、元三大師、親鸞聖人、不動明王とその像二童子像、弁財天などが並んでいました。
いずれも信長の焼き打ちの時に焼ける前の諸堂から持ち出された仏像です。
肩身を寄せ合うように安置されているのですが、それらの仏像の数倍は焼かれているそうです。
後陣入口には、期間限定で公開しているという、国内最大級「三千仏画像」もありました。
本来は三幅あるのですが、公開されているのはそのうちの一幅。
12月中旬までの公開期間中、1ヶ月毎に交換するそうです。
それぞれ釈迦如来を中心とする過去仏千仏、薬師如来を中心とする現在仏千仏、阿弥陀如来を中心とする未来仏千仏が手書きで描かれています。
この絵の前で手を合わせることで、過去を懺悔することができて、現在・未来を守って頂けるそうです^^
本堂のお横には、三重塔(国宝)が建っています。
鎌倉時代の建物ですが、釘を一本も使っていないというのですから、驚きですね^^
この塔、普段は非公開なのですが、春・秋の特別期間に塔の初層部が公開されます。
(公開期間でも、保存の関係上晴れている日のみとなっています。)
初層部には浄土の世界を描いた密教美術が残っているんです。
法華経の解説画のほか、扉には八天像が描かれています。
中央には、宇宙を表す大日如来坐像。
天井や柱には菩薩が描かれていて、大日如来を中心とした立体曼陀羅になっています。
塔の隅々まで極彩色が残っているほど保存状態がものすごく良いんです^^
水の化身である龍神の姿も描かれています。
この辺りの地域は水不足に苦しんだ歴史があって、西明寺は水を巡る争いが起こるたびに仲介役になっていたようです。
なので、西明寺には水の恩恵を願う龍神信仰があったんですね。
そんなに広くはない空間ですが、初層部の拝観はなんと1,000円!
入山料とは別に必要です。
京都の東寺でも初層内部を公開する時は、金堂と講堂がセットで800円ですから、それと比べると高いですね^^;
でも東寺の五重塔は、何度も建てなおされているのでわりと新しいのですが、こちらは鎌倉時代からあるもの。
鎌倉時代の壁画としては国内唯一のものと言われています。
なかなか貴重ですね。
浄瑠璃浄土を具現化した名勝庭園
西明寺には、「蓬莱庭」という池泉観賞式の名勝庭園があります。
江戸時代になって、復興を記念して造られたもの。
薬師如来が主を務める世界、浄瑠璃浄土を表しています。
山の斜面を利用して立石を置き、それらを薬師如来、脇侍の日光・月光菩薩、十二神将に見立てているそうです。
植木の切り込みは「雲」を表しているそうです。
池の中央には「鶴島」そして左に「亀島」があります。
こちらが鶴島。
鶴と思えばなんとなく鶴にも見えます^^
そしてこちらがちょっとだけ大きな亀島。後ろは仏に見立てた立石です。
こちらもなんとなくそう見えるような、見えないような・・・
あとは想像ですね^^
横から山を登っていくように拝観することもできます。
下の写真の手前は亀島。奥には鶴島があります。
さらに上から全体を拝観。
上から見るのもキレイですね^^
西明寺の御朱印
西明寺は、
- 西国四十九薬師霊場 第三十二番札所
- びわ湖百八霊場
- 神仏霊場百三十六 滋賀第四番霊場
に属していますので、それぞれの霊場の御朱印もあります。
私は霊場のものではなく通常の御朱印を頂いたのですが、訪れた時が秘仏本尊御開帳という特別な時期だったので、「御開帳記念」と書かれた印入りの御朱印を頂きました!
この時だけ先ほど紹介した御影とセットになっていて、500円でした。
そしてこちらは、西国四十九薬師霊場の御朱印です。
オリジナルの御朱印帳も販売されていました。
国宝の本堂の絵が描かれた、青と緑、色違いの2冊です。
湖東三山は紅葉で有名です。
西明寺は、秋から春にかけて咲く7本の不断桜があって、紅葉と一緒に桜も見ることができますし、蓬莱庭、参道、本堂、三重塔周りもきれいですよ^^