長浜市高月町横山という地域は田園地帯が広がる地域なのですが、田園に囲まれて森になっている一角があります。
この森の中には、横山神社という神社があります。
ここには平安末期~鎌倉初期にかけて制作されたとみられる、馬頭観音像が伝わっています。
この地方では古くから横山大明神という神が信仰されているのですが、横山大明神の本地仏は馬頭観音とされています。
簡単に言うと、横山大明神がアバターで、本体は馬頭観音、ということですね^^
社伝によると、推古天皇元年(593年)、横山大明神が、高時川上流にある木之本町杉野の滝のほとりにある杉の巨木に、白馬に乗って降臨されたのだそうです。
不思議な夢告に従い、その大木で神像を彫刻し祀ったのが杉野本宮横山神社の始まりです。
それは、こちらの横山神社ではありません。
グーグルマップで木之本町から岐阜方面へ国道303号線をたどって行くと、「本宮横山神社」という神社があるんです。
まだ訪れたことはありませんが、これが社伝に書かれている本宮横山神社でしょうね。
社伝には続きがあって、本宮横山神社は「
それがここ、横山の地にある横山神社です。
本殿に祀られている御祭神は、
- 大山祇命
- 少彦名命
- 泉龍大神
です。
合わせて横山大明神と呼ばれています。
横山神社は、かつて近江を支配していた佐々木氏の重臣である江北四家(千田・磯野・布施・赤尾)からの崇敬が篤かったのです。
特に磯野氏からの崇敬は格別だったようです。
この四氏は、この明神の霊夢をいただき、神前で家督を相続していたそうです。
そのようなこともあって、横山神社は伊香郡において「伊香九郷の大社」と称され、栄えました。
その後、織田信長の兵火で焼かれましたが、再建され、現在に至っています。
社殿の横には社務所があります。
冒頭で紹介した馬頭観音は、ここに安置されています。
といっても、普段は「高月観音の里 歴史民俗資料館」に預けられていて、毎年8月第一日曜日の「観音の里たかつきふるさとまつり」の時だけ帰ってくることになっています。
私はふるさとまつりの時に来たので、こちらで拝観することができました。
こちらです。
馬頭観音は忿怒の顔をしていて、どちらかというと「菩薩」より「明王」に近い、と言われますが、ふくよかで優しそうな感じですね^^
像高100cm、ヒノキの一木造り。
両肩より先・脇手・持物・両足先はすべて後世の修理によるものなのだそうです。
また、台座・光背・頭上の馬頭・脇面の炎髪・眼・口の彩色も後に補修されています。
近江の国では、馬頭観音が祀られているのは湖北地方に集中しているのですが、湖北地方の中でも長浜だけで六軀を数えます。
その中でも有名な像が横山神社と鶏足寺のものです。
鶏足寺は横山神社から北東、己高山の方にあるのですが、ここに伝わる像は「十所権現」と呼ばれる本地仏郡像で、その中の一軀に「横山大明神坐像」があります。
しかしそのお姿は馬頭観音そのもの。
とりわけ湖北地方では、横山大明神の本地仏は馬頭観音と考えられていますから、いかに横山大明神、馬頭観音が篤く信仰されていたかがわかりますね。
ご朱印
横山神社のご朱印です。